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くまくま

Author:くまくま
H19、6月
乳がん告知:左乳房温存術
H19、7月
ゾラデックス注射開始
EC療法開始
H19、8月
放射線照射開始
H19、10月
EC療法(4クール)終了
ノルバデックス服用開始
現在ホルモン療法続行中
H20、4月
職場復帰を果たす
H21、4月ゾラデックス終了
H22、8月に念願の結婚!!
H22、3月ノルバテックス内服を止め、現在無治療経過観察中。
    

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父への思い
今日は父について書きます。

昨日は母、今日も父についてで、なんだか家族のことばかりですが、時間のある方はお付き合いください。

私の父は現在59歳。神戸にいます。

私が小学校3年生(たぶん)の時から、神戸に出稼ぎに行っています。

父と会うのは正月・お盆、たまにゴールデンウイークぐらいでした。

私には父とどこか旅行に出かけたりした思い出はありません。

私は社会人になるまでは、父のことが好きになれませんでした。

小学校時代は、父と母の経営していた会社が駄目になった時、私たちを食べさせていくため、別の仕事を一生懸命する母に対して、父はいろいろな仕事を転々としていて、子供ながらに、父に頭にきました。

中学校・高校時代は、神戸から父が帰ってくると、私がお風呂にはいっているところをのぞきにきたり、軽く胸をさわったり(お風呂に入っている時じゃないですよ(笑))。父としては、娘とのスキンシップだったのでしょうが、私はいやでいやでたまりませんでした。

年頃の女の子の父親として、最低ですよね。

父が神戸から帰っているときは、落ち着かず、神戸に戻るとホッとしていました。

こんな娘、最低ですよね。

父はお酒が大好きで、朝からお酒をのみます。

家族みんな、もはやあきれています。

何度言っても、誰が言っても、やめようとしません。

アルチューなのかもしれませんね。(笑)

笑いごとではないのですが・・・。

お酒を飲んでも、別に暴力をふるったりすることはないです。

ただ、いつもよりよくしゃべるようになります。これが、年ごろの私にとっては厄介で、いやでした。

いろいろ書きましたが、もうおわかりのように、学生時代の私は父親が大嫌いでした。


私が父に対しての思いが変わったのは、社会人になってからです。

社会人になって、職場でいろいろな家族に出会います。

だれが見ても仲のよい家族、それぞれわが道をいっている家族、喧嘩ごしに言い合う家族、ほかにもたくさん。

そんないろんな家族を見て、「こうでありたいという家族の理想はあるけれど、家族にはこうでなければいけないという決まりはない」、「私とお父さんのこんな関係もありなのかも」と思えるようになりました。

そして、今こうして私がここで笑って過ごしているのは、今の父・母がいなければ私はここに存在しなかったわけで。

私をこの世に誕生させてくれた父に感謝しなければと思えるようになりました。

今も父とは年に2・3回会う程度ですが、あった時は普通に話せます。

当たり前のことですよね(笑)

このまま、この記事が終わってしまったら、とんでもない父親のままになってしまうので、父の良いところも書いておこうと思うます(笑)

幼いころ私と父との数少ない思いでの中で、私が一番心に残っているのは、小学校6年生の時の運動会での親子リレーです。

子供と親のチームに分かれて、リレーで競います。

みんなそれぞれ、母が出たり、父がでたり、とちらが走るかは自由です。

私のうちは、父がでました。

父と走る(競い走る)なんて、何とも複雑な気持ちでしたが、いつも運動もせず、お酒ばかり飲んでいる父が私のために、足をからませ、楽しそうに走る姿は新鮮で、そんな姿を見れてうれしかったのを覚えています。

最近のことでは、私が乳がんになってしまった時、

いつもは電話なんかほとんどかかってこないのに、時々定期的に電話をかけてきて、

「調子はどうか?」

「俺はどうなってもいい。お前が心配なんや。」

「町を歩いてるねえちゃんに、胸をくれっていいたくなる。」

「ほんとに大丈夫か。」

「なんかあったら電話せえよ。」

など、心配してくれているようです。

私が悩んできたように、もしかすると父も私との関係など悩んできたのかもしれませんね。

これまでの私と父の関係は変えられないけれど、

これから、もっと父のことを理解できるようになりたいと思います。

どうしようもない、アルチュー(笑)の父だけど、

私のたった一人のお父さんだから。






テーマ:日記 - ジャンル:ブログ

家族 | 11:20:42 | Trackback(0) | Comments(8)
母への思い
今日は母について書きたいと思います。

私の母は私を29歳の時に産みました。

私は三人兄弟の末っ子(上から兄・姉・私)です。

母は私を妊娠中、つわりがかなりひどく、母(私の祖母)や夫(私の父)など周囲の人たちから、体を心配され、妊娠継続は諦めろと言われていたようです。

しかし、どうしても産みたいという母の強い思いで、私を産んだそうです。

以前、母から「あんたは私のおかげで、この世に生まれてきたんだからね、お母さんが命の恩人なんだから」なんて、言われたりもしました。

お母さん、ごもっともです(笑) 感謝しています。

私が幼いころ、母と父はインテリア関係?の小さな会社を経営していました。

しかし、会社は残念ながらうまくはいかず、父も母もそれぞれ違う仕事を始めました。

母はクリーニングの営業の仕事、父は仕事を転々としました。

だから、母が一家の大黒柱で、仕事と子育て、家事をこなし、家族を支えてきました。

私の母はとても働きものです。

仕事も家事もすばやくパッパと手際よくこなしていきます。

この点は私も母に似たかったな~っていつも思います。(残念ながら私はのんびりのろまです)

母は「サザエさん」に似ています。

ちょっとおっちょこちょいなところもあるし、いつでも明るく、陽気なところはサザエさんがよくはまります。

しかも、昔は髪型も似ていました(笑)

母は実家に帰ると、私の好きな料理を作ってくれます。

実家から帰る時も、ブリの切り身をたれにつけて凍らしたもの、野菜、きんぴらなどなど、私の好きなものを持たせてくれます。

一人暮らしをしている娘の食生活を心配してくれているのでしょう。

本当にありがたく思います。

私がこの病気になったとき、まず母に言いました。

母は「なんであんたなの、お母さんが変わってあげたい」と言っていました。

母には、父も私も苦労をかけっぱなしで、私には早く結婚して、母に孫を抱かせてあげたい、安心させてあげたいという強い思いがありました。

その思いがかないかけていた矢先の乳がん発覚だったので、

母に対して、本当に申し訳ない思いで、母に言うのは本当に苦しかったです。

大人になって、母の前で泣いたことなんてなかったのですが、母が心配して私のアパートに来た時は、涙が止まりませんでした。

言葉では言えなかったけど、心の中で「お母さん、ごめんね。ごめんね。」って何度も何度も言いました。

手術が終わり目が覚め、先生が傷口を確認に来た時、母は私の胸をみて、

「くまくま、すごいよ。大きさほとんどかわらんわ。きれいやわ。」と、とっても喜んでくれました。

病理結果の説明の時も、先生がリンパ節転移の有無、腫瘍の大きさ・・・・などをひとつづつ発表するたびに、大声を出し、「くまくま、よっかたなあ、よっかたなあ」と私の頭を触っていました。

そんな母の反応を見て、きっと私より母のほうが苦しい思いをしていたんだろうなと思いました。

私は大人になっても、母に苦労をかけなくてはならないのか、自分が情けない思いでいっぱいでした。

化学療法が終わり落ち着き、また前を向いて歩きだした今、

今度こそ母を安心させてあげたい。

また、仕事に復帰して、前みたいに働いて、元気な私の姿を見せたい。

結婚だって、妊娠だって、今は無理だけど、いつかきっと、母に孫を抱かせてあげたい。

そして、母の笑顔をみたい。

苦労をかけた分、その分、たくさん笑ってほしい。

お母さん、ありがとう。









テーマ:日記 - ジャンル:ブログ

家族 | 10:50:12 | Trackback(0) | Comments(14)
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